「チャンスについて」の論

 

チャンスというのは、転がっているものではない。

 

チャンスというのは、そこらに転がっているものではなく、あなたが一つ一つのことに挑戦していく都度、重なっていくものだと考えてみて欲しい。

 

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普通に、誰もが掴める。

自分が、チャンスを逃していないかどうかを知りたい者は、こう考えてみて欲しい。

チャンスというのは、「一度しかなかった過去の産物」ではない。

 

あなたが、何かを積み重ねてもいないのに、生まれてくるものでもない。

チャンスというものを掴みたいのであれば、あなたが、掴めるだけのものを積み重ねなければならない。

 

あなたにしてみれば、一世一代のビッグチャンスを得て、何かを成し得たいというふうに考えてしまうかもしれないが、そんな「チャンス」はないのである。

なぜ、ないと言えるのかというと、普通に考えてあなたにあるチャンスなら、他の人にもあるからだ。

 

チャンスというのは、あなたにしか訪れないものではない。

逆に言えば、普通に誰もが掴める可能性のあることしか、世の中には存在していない。

なのに、まるで努力もなしにビッグチャンスを掴んだかのように見える人が、特別に何かを得ているように見えるだけである。

 

あなたが掴めるものは、他の人にも掴める。

他の人が掴んでいるものを見て、うらやましいと思うのであれば、あなたにだって掴めない理由はないと考えてみて欲しい。

そこで「私には無理だ」と思う者は、チャンスを逃すのである。

 

チャンスとは、普通に掴めるものを、掴みに行かなかったときに「逃した」と感じる。

おこなえばよかったと思うことを、おこなわなかったときに、「次はもうない」と感じるものである。

あなたが、できなかったことを、できるようになろうとしないときに、「転がっていない」と感じるのだ。

それが、「チャンス」の正体である。

 

チャンスというものを特別なものと崇め、「一度しかない」と考えている者には、チャンスがやってこない。

なぜなら、チャンスというのは、普通に歩みを進めている者が、出会うものだからである。

 

チャンスを逃したことについて悔やんでいる者は、単にもう一度歩き始めれば、違うチャンスがやってくる。

それに気づかず、「もうこんなチャンスはなかったのだ」と嘆いている限り、チャンスはもうないのである。

 

あなたのチャンスを増やしたければ、歩み続けてみて欲しい。

そして、出会ったチャンスについては、きちんと理解していこうとすること。

「チャンスを逃すまい」とする気持ちを常にもっていれば、チャンスを棒に振って嘆くようなことは少なくなる。

 

あなたのチャンスは、あなた次第で生まれていく。

それを、忘れないで欲しいと思う。

 

さらに理解を深めるために、次項にも語ろう。