「損得について」の論

損得勘定をもっている人は、何を損として考えているのか、答えが出ると思う。

あなたが、「損をしている」とか、「得をしている人が他にいる」と考えているならば、何を得ている人がそんなにうらやましいと思うのかを、きちんと認識することができると思う。

 

誰かが得をしていると考えるのが、お金なのか、人望なのか容姿なのか家柄なのか、はたまた性格なのか、そういうことを考えると、あなたが損していると考えていることが何であるのかがわかってくるはずである。

 

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考え続けること自体が、損である。

「自分が損をしていると考えていること」イコール、「誰かが得をしていてうらやましいと考えていること」である。

 

しかし、「損をしていると感じる」ということは、あなたの頭の中だけで起こっている。

なぜなら、他の人は他の人の価値観で、損得を考えているからである。

 

例えば、あなたがお金の損得を考えている場合など、他にも損をしている人はたくさんいる。

「損なのは私のほうで、あなたのようにきちんとお金を得ている人が何を言うか」と言う人もいるかもしれない。

反対に、ものすごくお金を持っている人にしてみれば、「そんなものは損得の問題とは思わない」と言うのかもしれない。

要するに、損をしているとか、得をしていると考えているのは、自身の不満に基づいたことに過ぎないのである。

 

損得勘定をもっている人は、よく聞いて欲しい。

損をしていると感じているのは、あなたが「手に入れたくても手に入れられない」と信じているものについてであろう。

 

「損をしている」と考えながら、行動をしようとするから損をするのだと考えてみて欲しい。

普通に物事を考えられる人間であれば、損得勘定というのは、醜く歪んだ自分の思考から生まれたものであるとわかるはず。

だからと言って、「損得勘定をなくしましょう」と言って解決するのではない理由とは、そもそもそれが解決できないと、あなたが信じ込んでいることだからである。

 

損得勘定というものは、損か得かの判断をして生まれたものではなく、「損だと信じ込んでいることがなくせない」と思っている者の判断なのだ。

だから、「これをおこなうことによって、損をする」という価値観をもっている自分という者を、見直さなければならない。

つまり、「損をすると感じるほど価値がない」と思っていることを、しなければならないと思い込んでいる自分がいるのである。

 

まず、そういった価値のないことをするのを、やめることを考えたほうがいい。

見返りを求めて損得を勘定するのではなく、損得勘定を働かせるのをやめること。

つまり、あなたが損得勘定をもって何かを考えようとしているときには、それ自体をやめればいいのである。

 

損得勘定は、あなたが「どちらにしろやりたくないこと」について考えているときに、起こる。

「損か得か」というのは、あなたのコンプレックスに基づいて判断されることであるため、「それをやるのか否か」を損得で判断しようとする考えにのめり込んでしまうのは無理もない。

しかし、あまり価値のない判断を続けようとしているからこそ、あなたの損得勘定が満たされないのだと知る必要をもっている。

あなたが、「損をしていると感じることについて、得をすることができたと感じること」をゴールにしようとするから、いつまでも不満が消えないのである。

 

損得を中心に生きる人間は、幸せを感じることはない。

なぜなら、得をしている間にも損得勘定に縛られて、嫌なことをやり続けるからである。

損得勘定は、そもそもしたくもないことをおこなっているときに起こるのであるから、得をしたところで、「したくもないこと」は「したいこと」には変わらない。

 

「私は得をしている」と自慢している人の頭の中は、実は損得勘定で一杯で、あなたに損をしていると思わせることで、自分の不満を解消しようとしているに過ぎない。

本当に得をする人と損をする人が存在しているのではなく、「損得を中心に生きる人」と「本当に幸せに生きる人」がいるだけなのである。

 

つまり、一番いいのは、損だの得だの考えてしまうようなことからは手を引くこと。

あなたは、損得勘定なしに、おこないたいことをおこなえばいいのである。

本当に不満を消したいのであれば、損をすると考えているようなことをやめて、損も得もない世界に行こうとして欲しい。

 

「損ばかりしている」というようなことを、考え続けること自体が損である。

それ以外の損は、あなたには存在していない。

損得勘定が起こった瞬間、「これはやめておこう」と判断するのがいい。

 

損得勘定に振り回されて、損か得かの答えを出そうとしているうちには、あなたに「得」はやってこない。

それに気づかず、損か得かの論議を頭の中で繰り返していたことには、終わりを告げるべきである。

 

さらに理解を深めるために、次項にも語ろう。