「新たな知識」を得ようとする

さて、あなたに大なり小なり「困っていること」があるとして、そこをどのように「愛」をもって眺め、あなたの「望み」へと変換していくかということについて語っていく。

 

あなたが、自分の「望み」を明らかにしようとするとき、現在の状況とはまったく離れたところにある「望み」をとらえ、そこに近づきたいのに「困ったこと」ばかりが増えているというような考えをもってしまっては、物事はかえって複雑になっていく。

先に述べたように、あなたが「理解できること」とは、「いま現在の、何をどのように変化させるのを望むのか」ということであり、現在からかけ離れた、新たな人生を求めればよいというわけではないのである。

 

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 「新たな知識」は、どこにあるのか?

「現在の、どこを、どのように変化させていくのか」ということの積み重ねが、あなたをまったく新しい人生へと導いてくれるのであり、「とにかくこの状況をなくすべく動く」と考えるのであれば、どこまでもあなたには「困ったこと」がつきまとうことになる。

なぜならば、「困ったこと」は、あなたが「望み」をもってそれを解決するのを、待っているからである。

 

まず、その「困ったこと」を受けて、あなたが何を望んでいるのかを、理解しようとして欲しい。

但し、あなたの「困ったこと」をなくすのが、「望み」と考えるのではない。

あなたが困っているのは、そこに「愛」を見ていないから。
そして、あなたが「望み」をもつ理由とは、「愛」を見るためでなく、「あなたらしく生きる」ということをしていきたいためである。

 

そういったことを理解できないまま、「困ったこと」に翻弄されている自分がいる。

この状況をどうとらえることにより、あなたの「望み」が明らかとなり、前に進んでいく体勢に入れるのだろう?

 

いま、目の前には「困っていること」をなんとかしようとする、自分がいると考えてみて欲しい。

だが、この自分に対して、「こうすればいい」という言葉を見つけてあげられない。

なぜならば、そこにいる自分の考えを上回る「思考」をもって、新たな提案をすることが、難しいから である。

 

 

「そこにいる自分」と、「これから、その問題をものともせず、解決する自分」との差を生むものが、そこにはない。

それは、まったくもって当然と考え、「新たな知識」を得ようとする姿勢が必要ととらえ、その場で地団駄を踏む必要をもっているのではないということを知るべき。

 

「新たな知識」は、どこにあるのか?

あなたの頭の中にはない。

すなわち、それをどこから手に入れるのか、あなたが、そうできそうなことを考えるという結論を出せば進む。

 

そこを「望み」に変換させる、ということについての話をする前に、一つ教えておくことをもっている。

あなたは、「困ったこと」をきっかけにして、「望む」ということが起こると理解する必要があるのではなく、「あなたが困らないのだとすれば、何を望むのか」を、知る必要をもっている。

 

そこにあなたの気づくべきことがあるはずで、これを理解すれば、非常にわかりやすくなると思う。

さらに理解を深めるために、次項にも語ろう。