「問題とすること」自体を見直す

「問題の解決」ということについて、あなたはどう考えるだろう?

「問題の解決」を求めているあなたの頭の中には、何があるだろう。

 

「これこそが解決」と考えている以外の解決法を、あなたが理解しようとしていないということはないだろうか?

 

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あなたが考える「問題の解決法」とは?

もっと、大きな「愛」が、あなたにまつわる多くの「解決」を促しているのだと、信じてみて欲しい。

あなたが考える「問題の解決法」とは、「困ったこと」がなぜか起こり、そしてその「起こったこと」を帳消しにする努力をもって解決するべきというような、浅はかなものにはなっていないだろうか?

 

「どこにいるのか」という位置を見間違うことなく、大きな「愛」に包まれているあなたについて、考えてみて欲しい。

「信じたいこと」が、そこにないのに、なぜ「信じるもの」を探そうとしないのか。

「ここにない答え」は、「必ず、ここではないところにあるのだ」と思えない理由とは、何か?

 

それを考えてみれば、あなたが、そこにないとわかっているものを、探しているから、見つからないのだと知ることができるはず。

あなたがそういった「自分の答えの探し方」を理解していないことを知らなければ、まるで、そこにないはずの宝石を、同じ場所にて探すごとく無駄な時間を過ごすことになる。

 

あなたのことを理解することは、必ずできる。

あなたの「困ったこと」について、あれこれと想像することをやめ、「何を必要にして現在を生きるのか」を、見ようとして欲しい。

そして何かを、「嫌だ・困る・怖い・嫌い・やめられない・忘れられない・流されたくない」というようなあなたなりの判断をしている理由とは、そこが「困るサイクル」であるからだということを、知っておくことが大切。

 

あなたが求めるものは、そのサイクルの中にはない。

あなたにとって、何を求め、何を信じ、何を探すかは、そこを離れてこそ気づくことができるのである。

「困っている自分」を感じるのなら、その場所にいてはいけない。

 

つまり、あなたが「困っている」のなら、そこを離れた位置に身を置いて、考え直す必要をもっている。

 

「問題とすること」自体を見直す、ということをおこなってみて欲しい。

「問題」とは、あなたが「何かを探せずにいること」ではない。

 

あなたが、その場にたたずんでいることである。

その場にたたずみ、「このわからない場所でたたずめば、そのうち私に答えが考えつくのではないか」と思考を巡らせ、そこに何かを期待して待っていること。

「考え」の中に、「考え」が見つかるはずと信じて思いを巡らせ、それを繰り返していること。

 

あなたの「困ったこと」は、なくなるのではなく、姿を変えるのだ。

なぜなら、あなたを前に進めるべく起こっていると言えるため。

そうであるのなら、いつも考えているサイクルの中、同じ考えを続けるのではなく、「どう考える必要をもっているのか」と、そこを追求していく自分を創っていくべきと考えなければ進まない。

 

「答え」とは、そもそも導かれた先にあるものということを知るのなら、「解決しない」ということにこだわる理由も、存在しないとわかる。

なぜなら、あなたが解決しようとしている「問題」とは、あなたが現在考えていることとは、別のところを考えるための出来事 と言えるためである。

 

「困らない場所」とは、本来あなたがいま「困っている場所」からは想像のできぬ場所と知るのなら、移る景色の中、自らの「困らない場所」と考えていた内容そのものを変えなければならない。

さらに理解を深めるために、次項にも語ろう。