「困ったこと」の形を変化させる

あなたが困っているときには、「困ったこと」が黒い雲のように、あなたの身体にまとわりついている、というふうに考えてみて欲しい。

あなたはその「困ったこと」の黒い雲を剥がそうとして、手足をばたつかせているのだと、想像してみて欲しい。

 

「困っている状態」というのは、「この困ったことを未来にも感じ続け、何をもってさえ克服できない」とする、イメージの元に成り立つ。

さて、イメージしているのは、誰だろう?

 

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あなたはイメージを膨らませ、困っている。

あなたが「困っている」ときには、黒い雲のように、まとわりついているものが剥がれないことに意気消沈している。

そして、その場に留まって
「こうすればこの雲がなくなるか?」
「それともこうすればなくなるか?」と、考えている状態にある。

 

自分は、この「困ったこと」をなんとかしない限り、幸せになれないとして考えている。

その思考とは、「何をどうすることによっても自分は楽になれない」とする考えを深めるものにしかならない。

そうして考えていること自体が、あなたにとっての理解を妨げている ということに、気づいていないのである。

 

「自分にとって、それは困る」ということを考えているときに、あなたは困る。

あなたにとって困るということのイメージが、現在のあなたの頭の中において生み出されている ということが理解できるなら、そのイメージをつくろうとするのをやめればいい。

あなたはただ、「この先どうなるのかまだわからないこと」について、イメージを膨らませ、困っているのである。

 

もしも、あなたがそのイメージから意識をそらし、少しずつ「困ったこと」とは関係のないところを見つめようとするならば、あなたの「困ったこと」は、ただの「よくわからないこと」に姿を変える。

そしてあなたは、いまおこなうことの中に、工夫するべきことを見つけることができると思う。

 

あなたがその「大地」の上を進んでいくならば、その「困ったこと」の黒い雲は、少しずつ剥がれていくのだというイメージをもってみて欲しい。

「大地」の上を進んでいるうちに、その雲がスッキリと取り除かれることはあるのだろうか?

いや、あなたが歩いていくうちにもまた、新たな雲は現れる。

 

つまり、あなたの「困ったこと」は、決してすべてなくなるということなく、あなたを移動させるためにまとわりつくものである ということ。

あなたは、形のないものに動きを封じられると信じるのをやめ、自分の好みの感情を得るための今後の動きが、その「困ったこと」の形を変化させる力をもっているということに、気づくべきなのである。

 

あなたが一日中何もせず、「困ったこと」に没頭していれば、その雲は身体にまとわりつくばかりになり、その景色は変化せず、よろこびの感情は得られない。

しかし、あなたが自分の好みの感情に出会えそうなことを一つおこなってみるたび、その景色は変わり、まとわりついていた雲は少し形を変え始め、そして何より、そのおこなったことに対するよろこびを見出すことができる。

 

「大地」の上を移動するときのあなたは、そこにある景色を楽しむこともあれば、「困ったこと」が減ってくることをよろこぶこともあるだろう。

しかし、あなたが本当に望んでいるのは、確かなものの手に入れ方を、知っていくことではないだろうか?

自分の所有する感情のレベルを、上げていくことではないだろうか。

 

自分の希望に沿ったものを手に入れることができるようになれば、「それを手に入れる方法」という優れた技術が身についていることへの満足が得られる。

そして、その手を放れたものに執着することなく、よろこびを見ていられる自分になれるのである。

 

あなたが手に入れようとしているものとは、そのように、自分にとって素晴らしいものを手にして歩くことを可能としているという事実であり、蓄積されていく経験であるということ。

さらに理解を深めるために、次項にも語ろう。