「プレッシャーについて」の論

プレッシャーというのは、実際に与えられるものだろうか?

それとも、あなたが勝手に感じるものだろうか?

 

プレッシャーを感じるときというのは、前に進もうとしているときではないだろうか。

何も感じない人は、何もしようとしていない人だと思わないだろうか?

 

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早く、前に進もう。

誰とも関わらず、何も開始しようとしていない人は、プレッシャーを感じるようにはならない。

プレッシャーを感じるということは、人に与えられた仕事をこなそうとしていたり、自分の役割をはっきりさせようとしていたり、大いに活躍しようとしていたり、人間同士の関わりを大切にしようとしていたりするのである。

 

あなたがプレッシャーを感じる状況になるとしたら、それは「いまから、がんばろう」としているときであるはずで、単にあなたが一人でボーとしているときではないはず。

プレッシャーを感じたり、緊張したりする自分がいるということは、前に進むべくしてあなたがきちんと行動しているということになる。

 

あなたがきちんと前に進もうとしているにもかかわらず、現在の知識が及んでいなかったり、あなたの言葉が誰かに伝わらなかったり、余計なことをしてしまっていたりするときに、日常の精神状態に負担を感じることになる。

要するに、普通に物事を考えて、普通に人と話せばいいものを、余計な役割を背負っているかのように考えてしまうということが、あなたに負担を与えているのである。

 

自分という者は、自分の能力を超えているところを目指すものである。

例えば、マラソンをしようとするときには、最初は少しだけしか走れなかったのに、だんだん自信をつけることができて、完走するのが当然になってくる。

 

そうなるまでの間に考えていることというのは、後になって振り返ってみると、無駄なことが多い。

「挫折してしまったらどうしよう」とか、「完走することができなかったらどう思われるのか」とか、「いつケガをしてしまうかわからない」というようなことを考えても、仕方がないということはわかると思う。

 

自分の能力を超えた仕事を果たそうとするときには、練習をしたり、知識を身につけたり、あなたが上達する方法を考えたりするしかない。

そういったことを考えずに、不安になることばかり考えてしまっているときにプレッシャーを感じることになり、変に気を遣い過ぎたり、きちんと能力を発揮できない状態に陥ったりするのである。

 

つまり、プレッシャーというのは、特に「自分が何とかしなければならない」という責任を負っているときに感じる。

だが、考えてみて欲しい。

「できることはすべてやろう」とする以外に、あなたの能力を上げる方法などない。

それらのことに手をつけようとしないから、プレッシャーを感じてしまうのだというのが、この話の結論なのである。

 

あなたが何らかのプレッシャーを感じているのであれば、「プレッシャーを感じている暇があるなら、他にするべきことがあるのでは?」と、私は言いたい。

プレッシャーというのは、他におこなうべきことがあるにもかかわらず、勝手に感じているものであり、常に「そこから先に進もうとしなければ、能力は上がらない」という事実に苦しんでいくことになる。

 

あなたが、正しく物事を考え、きちんと能力を上げるという仕事を果たせば、プレッシャーは消えていく。

それこそがあなたの望みであるはずなのだから、プレッシャーを感じるときには、「早く前に進もう」として欲しいと思う。

 

さらに理解を深めるために、次項にも語ろう。