自分の「大切な気持ち」に気づく

あなたにとって、大切にしたい気持ちとは、どんなものだろう?

実のところ、そのように感じる気持ちとは、「私はこれを大切にしている」と明確に説明のつくものではないと言える。

 

あなたが納得できる「選択」を重ねていくのが難しい理由とは、「自分が、何を大切としてそれを選択するのか」ということを、理解するのが難しいためである。

 

スポンサーリンク

あなたが、大切にしたいこと。

「いつも自分が大切にしている気持ちがそこにある」と自覚できるのであれば、あなたの「選択」に、迷いを感じることはなくなる。

しかし、大切なこと・大切な気持ちというのは、あなたにとって、探りにくいところにあると感じるのではないだろうか?

 

あなたが大切にしたいことというのは、あなたがつくっていくものではなく、ある時点において、「自分という者が、そのように望んでいるようだ」と気づくものなのである。

 

つまり、「大切な気持ち」は、あなたが「その気持ちに気づく」ということを必要にして、そこに存在している。

「その気持ちに気づく」ということを繰り返し、あなたは、自分の大切にしていることについて、理解していくのである。

 

そういうことが、あなたに「自分の考えを選択する」という力を与えるのであって、あなたの意思をもって次々に選択できるようなことが、あたりまえなのではない。

「自分が大切に感じるものを、そこに見つけられない」という感覚は、自分の中に、常に存在する。

しかし、「大切な気持ち」というのは、そこにあたりまえにあるときには気づかないため、「これが大切にしたい気持ち」と痛感して、理解できているものではない。

 

多くの場合、「これを大切にしたい」とする部分とは、あなたがそれを失うことによって気づく、といった理解の方法になる。

ある出来事をもって、自分がそういったことを大切にしたいと思っている者だと、わかるのである。

 

あなたがつらいとき、自分がどのような気持ちを失ったがためにそのつらさを感じたのか、というところを眺めてみて欲しい。

そこに、あなたの「大切な気持ち」はある。

しかし、そういった気持ちの問題を取り上げずにただ、「自分が思ったようにいかなかった」というような表面だけを見ていては、納得のいく「選択」をしていくことはできない。

 

つらい気持ちというのは、自分にとって「大切な気持ち」というものが、そこに含まれずに終わるときに味わう。

そしてそこから、その「大切な気持ち」を得るために、動くしかなくなる。

大切になっていくものとは、そのように、「自分の大切にしたい気持ちとはこういうことらしい」と思える状態になるまでに、多くの「気づき」を必要とするものなのである。

 

そういった感情に、いかに自分を動かす力があるのかというところを知るべきであって、あなたが多くのことを失ってから、気づくのを待つ必要があるのではない。

あなたにとって「大切にしたいこととは何か?」と考えるよりも、「失ってはいけないと考えるものは何か?」と問うことが、その理解への近道になる。

 

あなたが大切にしたい気持ちというものが、あなたにとって最もあなたを動かす力があるということを知らない限り、あなたの満足を望むことなどできないと知って欲しい。

自分の中に気に入らないと思うことがあって、そのことを変化させたいと思う理由とは、あなたが、あなたの「大切な気持ち」に忠実になりたいためなのである。

 

但し、あなたの「大切な気持ち」というのは、あなたにとって素晴らしいものでも、他人にとって共感できるものでもない。

さらに理解を深めるために、次項にも語ろう。