そこに旗を立てておく

人は、慣れた場所へと留まり、そこに安住したいとする欲をもっている。

あなたは、ある一定の感覚を得られたら、その感覚を基準として、自分の身動きを考えるといった姿勢を好んでいるのではないだろうか。

 

つまり、変化というリスクを好まない自分を強く感じるため、「現在の苦しみ」に留まるならば少なくともあなたの予想内での苦しみを味わうことになるということを、選ぶ傾向をもってそこにいるのである。

 

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元に戻るのは、いつでも可能。

あなたの生きる世界の道では、留まるための出来事として与えられているものは何一つない。

 

あなたがそれを理解したければ、あなたの歩みが止まったと感じるたびに、その歩みを止めている自分の望みが、その場に留まることであるのかどうかを確認してみて欲しい。

あなたが進もうとするときに邪魔になるのは、あなたの「未知である世界」に移るというデメリットを抱えることの、恐れを感じていること である。

 

しかし、あなたが目指したいのは、あなたの「困らないところ」であるはずなのに、まるで「困るところ」に行くことのように考えているのだとすれば、それはなぜだろう?

 

あなたが「動く」とは、どういったことかわからないという、不鮮明な状況。

動いても、どうなるのかわからない。
動くことによるデメリットがあるかもしれない。

あなたは、そう誤解していないだろうか。
「動いてしまえばどうなるのか」と、たたずんで「考えること」の意味を求めていないだろうか?

 

そうであるのなら、そこに旗を立てるべき。

あなたが、納得できぬまま動くのを恐れると言うのなら、そこに旗を立てておき、もしもその場所から遠くに離れて不安を感じることがあれば、「戻るのは容易」と考えてみて欲しい。

 

そういう旗を立てずにいるから、あなたは不安を感じ、動けない。

あなたは、「この場でいるのと、さほど変わらぬ状況にて動く」という考えをもっていない。

つまり、「ここに旗を立てておき、怖いけど、少し先に何か見えないかどうか動いてみる」という判断が、抜けているのである。

 

その旗の場所とは、「そこを目印としておいて、進む」と言える場所。

旗を立てるというのは、あなたの現在の位置をそこに見ながら、「これから何をするかを、動きつつ考える」というということ。

つまり、そこにたたずむことをやめ、あなたの不安をまず置いといて、試しに動いてみるということを始めるのである。

 

あなたが少しばかり動いてみたところで、その景色はさほど変わらない と言える。

逆に言えば、変化を求めるのなら、「もっと急がなければならない」と考えるのが正しいにもかかわらず、そこにたたずんでいるから苦しいのだと気づくべきなのである。

 

あなたの考えが、そこから少し離れた場合に、また同じ思考を繰り返すのか、それとも違う思考に進めそうなのか、それ以前よりも悪化すると判断するのかわからないと思うのであれば、そこに戻れる要素を残しておいて動くということ。

あなたの気持ちを「元に戻るのはいつでも可能」としたまま、その探索範囲を広げる、という考えのもとに始めてみよう。

 

何をも少しずつ、あなたの可能であるところからおこなうという慎重さは、悪いものではない。

まず、旗を立てて歩く意味とは、「そこを離れないほうが良い」という考えを消すため。

 

あなたが、大きな変化を望んでいるにもかかわらず、どうしてそこにたたずむかと、まずは自分に問うべき。

あなたがしようとすることは、あなたが思うなりに疲れるものではあるだろう。

だが、そこにたたずんでいるより、ずいぶん違う。

 

あなたが目指す目的地とは、地の果てにあるのではなく、あなたが動いている間に感じる「気持ち」の中にあると知るべき。

さらに理解を深めるために、次項にも語ろう。