「納得について」の論

「納得する」ということは、己の信条を貫くということである。

 

最初に話しておくけれど、「己の信条」というものは、変えることができる。

自分の信条を変化させつつ、何を納得するのかというところを、考えてみるべきなのである。

 

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本当に貫きたいのは、何か?

「現在の考え」というものは、常に「現在の知識」に基づいて生まれている。

知識は、増やすことができる。
「知識を増やす」ということが、「考えを広げる」ということに繋がる。

狭い世界に生きている者というのは、知識を広げようとせず、己の感情のまま、考えを変えようとしない者である。

 

そういう者は、苦しむ。

苦しみ、悶え、自分が間違っていないことを証明しようとする。

 

だが、賢い者は、調べる。

己が間違っているところを正そうとし、「知識があれば、勝てる」と考える。

 

あなたがいま、どちらの立場にあるかと考えてみるのがいい。

苦しんでいる者は、早く苦しみを解こうと考えず、むしろ、苦しみを延ばすように物事を考えている。

「苦しみを延ばす」ということは、「頑なに考えを変えない」ということである。

 

この世に、考えを変えずに生きられる術はない。

なのに人は、考えを変えることに抵抗を感じ、本当の意味での納得を目指すことを拒んでいる。

あなたが、そのように損をしている状態にないかどうか、確認してみて欲しい。

 

例えば、あなたがあることに、腹を立てていたとする。

だが、あなたよりもずっとずっと腹立たしい想いをしている人がいて、それをあなたに言わずにいたことを知れば、あなたの考えは変わると思う。

そういうことがたくさんあり、他の人のほうが、ずっとずっと酷い対応を受けていることを知れば、あなたのとらえ方は変わると思う。

 

そしてあなたが、そのように怒っている人々に対応する立場になれば、さらに考えは変わる。

要するに、知識や情報によって簡単に変わるのが、人の考えなのである。

 

だから人は、考えを変えずには生きられない。

考えを変えることによって、物事に対応する方法を学ばねばならない。

それは、「あなたの信条を曲げるべき」ということではなく、本当に貫きたいのは何かということを、考えるべきということなのである。

 

自分の考えを広げ、自分の納得を目指し、自分が信条を貫くための案を練りなさい。

それができずに困っているときには、知識が足りないか、情報が足りないのである。

 

自分の状態を正しく把握し、心の底から「これでよかった」と感じるための努力を怠るのをやめること。

そうすることが納得への近道となり、「本当にどうすることもできないのかどうか」を知ることになる。

あなた自身が、納得するために動くということが、あなた自身の納得になるのである。

 

もう一度言う。

「納得する」ということは、信条を貫くということである。

 

そして、「信条を貫く」ということは、「変化をもたらす」という目的でおこなうべきこと。

変わらない考えのまま、石のように動かぬことが、あなたの信条ではないはず。

つまり、信条をどのように捉えるのかということが、あなたの納得を左右する。

 

「たくさんの知識をもち、たくさんの情報をもって、判断すること」と、「何も判断できないような状況で、考えを曲げたくないと嘆いているようなこと」とは違う。

自分の状況を正しく理解し、必要な知識を得て、判断をする。

そうすることを、「納得する」と呼ぶのである。

 

さらに理解を深めるために、次項にも語ろう。

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