辛い(つらい)ことや、困ったことに直面したとき、私たちは、「どうすればいいのかわからない」と考え、もがき始めてしまいます。
そのとき、
「さあ、新たに修行するべきことが来たようだ」
「なるほど。いま、乗り越えるべきときのようだ」
というふうに考えるのは、とても難しいことでしょう。
しかし、あなたはこれまでにも、「辛い(つらい)」ことがあるたびに、「つらくなくなる方法」を学び、理解してきたことがあるはずです。
ですから、「つらい」と感じるときには、「何か理解するべきことがあるのだな」ととらえ、自分はここから最善のところに向かうことができるはずだと、信じてみることが大切です。
あなた自身が、向上するために。
つらいことや、困ったことに意識が集中してしまうと、なかなか冷静に物事を考えることができなくなりますよね。
「いったいどうすればいいのだろう?」
「なぜこのようなことが起こったのだろう?」
「なんとかしなければならない」
「このようであってはならない」
こんなふうに考えてしまうのは、無理もないことです。
しかし、あなたが現在「つらい」と感じるようなことを、
「大したことではない」
「そんなことは、悩みのうちに入らない」
「似たような経験をしたけれど、乗り越えてきた」
と考えている人が、この広い世界には、すでに存在するのではないでしょうか。
もしそうだとすれば、あなたが現在「つらい」と感じていることは、あなたなりに乗り越える方法を理解し、あなた自身が向上するためにそこにあるのかもしれません。
そして、あなたがその方法を理解できたとしても、あなたにとって新たなつらいことや困ったことは、またやってくるものではないでしょうか・・・?
そういったことがやってくるたびに、「なぜこのようなことが起こるのか?」と憤慨し、抵抗しようとするのは、そろそろやめるべきだと理解する必要があるでしょう。
なぜならあなたは、そういったことをきっかけにして、常に新たなチャレンジをしていくことになるからです。
「困ったこと」についての解決法を、「困ったことそのものに働きかけるべき」と考えているうちには、何も変わりません。
つらいことや、困ったことが現れたなら、そこにはあなたの理解するべきことがあり、それはあなた自身のために起こっているのだと、とらえてみることにしましょう。
現在の問題を「つらい」と感じているのはあなたであって、他の人ではありません。
他の人には、他の人の問題があり、あなたの問題は、あなたのためだけに起こっているのです。
つまり、それは あなたにとって現在、課題となっていること だと言えるのです。
ですから、あなたがつらいことや、困ったことに直面したときには、このように考えてみてください。
「これは、何を学びとるための出来事だろう」
「これが現れたのは、何に気づくためなのだろう」
「私がいま、できることは何だろう」
「わからないことを、どのように理解するべきだろう」
あなたが「困っている」ことには理由があり、あなたがそれを理解できれば止まるはずです。
「困ったこと」が止まるのではなく、あなたの「困っている」という考えが止まるはずなのです。
「困ったこと」が教えようとしているのは、あなたへの戒めや、反省への促しではありません。
例えば、
- 自分を大切にしていないということ。
- 自分のことを信じていないということ。
- あなたがあなたらしくないということ。
- あなたのよろこびを求めるほうがいいということ。
- 異なる方法を理解するべきであるということ。
- より広い世界を知るべきであるということ。
そういったことではないかと、考えてみてください。
つまり、「困ったこと」は、あなたが「自分を愛する」ということを忘れている、という事実を教えようとしてくれているのです。
「自分を愛する」とは、あなたが「いい気分」で生きることを、いつも自分に許しているということです。
次項で詳しく説明していきましょう。