「あなたらしくない」ことをやめる

「思考」というのは、あなたがつくりだしているように見えて、実は他人の先行的なものが大いに含まれていることに、気づかないことが多いものです。

例えば、ただそこにあるものを、「すごいもの」とか「価値のあるもの」ととらえているのは、本当はあなたではなく、先にそう言い始めた誰かである可能性が高いでしょう。

 

同じように、あなたがやりたくもないことを、「しなければならない」あるいは「するのが当然」と考えているとき、それは先にそう言い始めた誰かの価値観である可能性が高いのです。

 

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「必要ない」と判断する行動は、しなくていい。

この社会では、あなたの意思がどうであれ、従うべきこととされている事実が蔓延しています。

しかし、特にあなたがやりたくないと感じることを、「しなければならない」と考えているときには、いったいそれが誰の意思でおこなわれるべきものなのかということを、見直してみる必要があるでしょう。

 

あなた自身が価値を見出すことができないことを「しなければならない」と考えるとき、それはあなた以外の誰かが、あなたの意思に混入して、おこなわせようとしていることかもしれません。

やりたくないことを「するべき」と考えてしまうとき、あなたは、「あなたらしくある」という状態にはありません。

 

そのときあなたは、なぜ自分が意思に反することをおこなう必要があるのかを、理解しないままにおこなっているはずです。

あなたは、自分の考えを曲げてでもおこなう必要がある何かを感じていて、それが避けられないということに苦しんではいませんか?

 

あなたが、あなたの本来の目的地に到着するためには、「あなたらしくない」ことをやめていく必要があります。

まずはいま、あなたが望んでいる道の途中で、その「やりたくないこと」を、本当におこなう必要があるのかと自分に問うことにしましょう。

 

そのとき、あなたの心が「必要ない」と判断するならば、その行動は必要ないのです

しかし、もしもあなたの心が、ともかくも「あなたの目的を果たす途中で必要なことである」と判断するならば、それがたとえあなたにとってつらいことであったとしても、その中で最善を尽くし、楽しんでみることを考えてはいかがでしょうか。

 

つまり、たとえ嫌なことでも、いまは逃れられないと感じるようなことは、あなたにとって、やっておいて損はないことであるからこそやってきたのだと考えてみるということ。

それは、「思考」への反応を『ひっくり返してみる』ということです。

 

あなたの「思考」への反応を『ひっくり返す』ということは、あなたが、あなたらしいところに戻るための一種の手法であり、あなたがよろこびに満ちた人生の道筋に戻るためにおこなう手段 である、ということを忘れないでください。

もしもあなたが、「あなたらしくある」状態でいるならば、それがあなたにとってやりたくはないことだったとしても、「自分の意思で遂行する」という判断のもとにおこなうため、「しなければならない」などという考えではなくなります。

 

したくなければしなくていいし、したければすればいい。

しかし、「したくないことであっても、いまはやっておこう」とあなたが判断するならば、それはあなたの意思であり、本当は避けたいと思うことを「するべきである」と思い込む気持ちとは、ずいぶん違うことでしょう。

 

あなたは、あなたをもっと楽にしてあげてください。

あなたが楽になりたいと思うとき、あなたは、肩に力が入っている状態です。

あなたが「あなたらしくある」ときには、あなたの肩の力が抜けている状態になるはずです。

 

そして、あなたが、よろこびを感じている状態であること。

それが「あなたらしくある」ためには必要で、それ以外のことは重要ではありません。

つらいことがあるときには特に、このことを理解し、あなたの意思を大切にしていきましょう。

 

『つらい』という「感情」は、あなたが、あなたらしい道を歩むためにそこにあるのです。

次項で詳しく説明していきましょう。