「わからない」のがあたりまえ

私たちには、わざわざ自分がつらくなるような考え方や、自分を苦しめるような「思考」をしてしまうことが多くあります。

 

「つらい」と感じるのは、あなたが「つらくなくなる方法」を現時点でわかっていないからであり、それをあなたが「ダメだ」と判断しているからだと言えるでしょう。

しかしあなたは、「そんなこと、わかっていなくてもかまわない」のです。

 

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これからも「わからないこと」は、たくさんある。

いま現在、あなたに理解できていないことは、理解できていないことだからこそ、これから理解できていくものなのですから、少なくとも「いま、わかっていない」のは当然のことです。

 

わからないからといって、「ダメだ」と考える必要が、どこにあるというのでしょう。

あなたが「わからないこと」は、この世にたくさんあるのが当然であり、これからも必ず、たくさんあるのです。

 

あなたのおこなうべきことは、これから「わかろうとしていく」ことです。

あなたが「わかろうとしていく」ならば、「だんだんわかってきた」ということが必ず起こります。

 

わかることが増えていくたびに、あなたは、それそのものを楽しむことができるのではないでしょうか。

このことをきちんととらえることができれば、現在のあなたの「つらい」気持ちや物事を、ただ「そこに存在するもの」として許し、認めてあげることができるはずです。

 

あなたがそれを許し・認めるということは、あなたが「つらくなくなる」ことを、あきらめるということではありません。

あきらめようとしても、それは無理だということがわかるでしょう。

 

「つらい」と感じるのは、そこに「あきらめたくないこと」があるからで、あなた自身が、あなたのテーマとなっているところに気づくためなのかもしれません。

あなたがそこで、うまく自身のテーマに気づくことができるのであれば、それを乗り越えようとする行為も比較的たやすくなるかもしれませんが、そういったときに人は、たいてい「どうすればいいのかわからない」という状態に陥ります。

これも当然のことですよね。

 

私たちは、生まれたときに何もわからない状態から、何かを探し求めるように歩き始めています。

しかし、成長途中で積み上げられる習慣や考え方の基本点さえ、「正しいものとは限らない」という最初の試練がそこにあり、すべてを完全に把握し、完全に理解することなど不可能であるという事実が、もともと立ちはだかっているのです。

つまり私たちは、はじめから「わからない」という状況の中にいるということです。

 

だからこそ、あなたは気づく必要があるのです。

何かがうまくいかず、つらいと感じたって、かまわない。だって何もわからないのだから、当然のことじゃないか。」と。

 

ネガティブな「感情」を感じる理由や原因をとことん追求しようとしても、私たちには「わからない」のが当然なのです。

どうせ存在する、不愉快な事実がそこにあるならば、不愉快を感じている時間だけ損だと思ってみましょう。

 

他人が自分にとって、どんなに期待どおりでなくても、何を発言しようとも、かまわないのだと思ってみましょう。

あなたに関わりのあることであっても、何が起ころうが、どうなろうが、あなたにはわかりようがないと思ってみましょう。

 

あなたがいくらネガティブな「感情」を感じても、現実は変わらないなぁ、と考えてみてください。

たとえ嫌でも不愉快でも、いま変わらずにそこにあるものならば、ネガティブを感じていないほうが得だなぁ、と。

 

私たちがそのように考えることが難しい理由は、いまの自分自身が、まだ「ちっぽけ」であることを認めたくないからだと言えるのです。

次項で詳しく説明していきましょう。