「内なる声」からの回答その3

秋元ユキです( ̄▽ ̄)ノ
今週月曜発行のメルマガ、
万事良好!もう「いい気分」になることを忘れない!
の中でお知らせしましたように、現在

ワタシは「内なる声」と相談しながら、個人的なサポートを可能にする方法を検討しております。
ブログコメントへの回答は、順次このブログにておこなっておりますので、宜しくお願い致しますね。
では、さっそくですが、本日も回答していただきたいと思います。

内なる声:それでは回答していこう。あなたは私の言うことを、逐一文章にしなさい。
私は、あなたがたが、いま、この文章をどのように眺めているか、ということを理解している。
いま、あなたがたは、私のことについてあれこれ考えていることだろう。
疑う者もいれば、助けを求めたいと感じている者もいる。それはよくわかるのだが、私があなたに言いたいのは、あなたが自分の目で、確かめたいことを確かめ、聞きたいことを聞き出し、自分が何を求めているかということを理解することが最も大切なことだということ。それ以外のことは、ほとんどが重要ではない。それを忘れないようにしなさい。
では、質問に答えよう。

ワタシ:では、残っていた質問への回答をお願いします。

<質問>
最近思った事なのですが「人は幸せを感じなければならない」という考えに違和感を覚えるようになりました。
“幸せ”を感じる事に越した事はないのですが、どうしても”幸せ”を感じる事が困難な場合があります。
よくある自己啓発や願望実現関連の本や講義などは「現実は自分の心の投影である。願望を実現したければ幸せを感じていなさい」の一点張りであることが多い。
しかし実際は人の心は複雑怪奇で常に”幸せ”だけを感じる事は不可能でネガティブな思考、感情などに浸ってしまう事しか出来ない場合もあります。
「ネガティブな思考、感情を感じてばかりいると願望実現から遠のく」という理屈がネガティブな思考、感情を感じさせる事を許さない。
ならば”幸せ”を感じられるかというとソレも出来ない…
まったく身動きが取れない思考に陥ることが大半なのです。
そこで思ったのが、ありのままに「自分は願望が実現するまでは幸せになれない」と認めること、「今の自分はネガティブな思考をすることしか出来ない」と認めることが一番楽なのではないかと。
事実それを認めることで少し楽になる事があります。
いままでの人生観で禁句(タブー)とされていた「人は不幸であってはいけない」という考えが一番自分を苦しめているものの正体なのではないのかなと感じたのです。
つまり「人は不幸であってもよい」と認める事が一番楽になる考え方なのではないかな~っと最近思うようになりました。
この考え方をユキさんの「内なる声」はどう思うのか興味があるので何かアドバイスがあればよろしくお願いします。
長々と失礼致しました。
YG at 2009年09月10日 09:50

ワタシ:この質問について、回答をお願いします。

内なる声:彼の質問は、的を得ているところと、そうではないところがある。
彼が言いたいのは、あなたが思うよりもずっと複雑なところにある。この質問に答えるためには、それなりに、基礎的な知識が必要となることを理解しなさい。
まず、「あなたが幸せになるためには、あなたがいま現在、幸せを感じてなければいけない」ということ。
これは事実であり、あなたはこの基礎的な事実をなくしては、幸せを感じることはできない。
したがって、あなたが言うように「幸せになるまでは、幸せになれないのが当たり前ではないか」という考えは、間違っている。しかし、あなたが理解しているように、あなたがつらいと感じ、その心を受け止めようとしていることは、あなたが楽になるための最も必要な心の状態であることを知りなさい。つまり、あなたは、あなたがつらいと感じ、その心を「つらくないと感じたい」と願わなければ、幸せな場所にはたどり着けない。幸せになるまではつらくても仕方がないと思うのではなく、つらいからこそ、いま幸せを求めている自分が生まれるのだということを理解すること。あなたが言っていることは、そうではなく、「幸せはやはり、幸せになるまで手に入らない」という逆説のまた逆説めいた真実を見いだそうとしているように聞こえる。しかし、そうではない。これは、あなたが理解すべきことを少しばかり迷っている状態であるがために起こっていると知りなさい。あなたは、間違っているわけではなく、その考えを少し修正すべきであると言いたい。

ワタシ:どうしても”幸せ”を感じる事が困難な場合は、どうすればいいのでしょう?

内なる声:あなたが幸せでないと思う状況は、あなたが「幸せでない」と考えているから起こっている。それを理解しなければ、あなたは幸せになれない。ただ単に、「幸せになれるのは、願望が叶ったとき」と考えていては、幸せにはなれないだろう。
私は彼に言いたいが、あなたがつらいことを回避しようとして、「幸せになれなくてもいいのだ」と思うことにより少し楽になるような気がするのではなく、あなたが楽になりたいと思い、「今は幸せではない状況だととらえてしまうが、それは仕方のないことだ」と考えたとき、あなたは楽になっているのだと理解しなさい。それは、あなたが、理解できる最大の夢を追う方法なのだよ。わかるかな?

ワタシ:彼は、自分のつらい気持ちを認めたときに楽になっている、ということですか?

内なる声:そうである。また、そうであるのが人間の「感情」であると知りなさい。あなたがたは、つらいという気持ちを認めてあげなければ、その「感情」をおさめてあげることが、出来ない。あなたがたの「感情」のしくみが、そのようになっているんだよ。

ワタシ:「人は不幸であってもよい」と認める事が一番楽になる考え方なのではないか、という意見については、いかがでしょう。

内なる声:それがあなたにとって、本音であるのかどうか、もう一度考えてみなさい。あなたが、不幸であってもよいのだと考えるとき、果たしてあなたの心はどのように反応しているだろう。あなたは、不幸であってはならないのだよ。わかったかな。

ワタシ:ほかに、ありますでしょうか。

内なる声:いや、特にはないが、この件については誤解を生みやすいため、もしわからない点があるのなら、もう一度質問してくるように。わかったね。

ワタシ:では、次の質問に移ります。

<質問>
今まで色々な本を読みあさり、DVDやセミナー、そしてやっとユキさんのページに出会い、今まで自分がいかにネガティブな思考をしていたかに気づくことができました。
気づいた今でも、疲れたり問題が発生するとついワナにはまりそうになりますが、お陰様で何日も引きずることはなくなりました。
そして、思考(感情)の調整をして、ワクワクできる瞬間を一日に何回か意識的につくることができるようになしました。
以前の私ならつぶれてしまいそうな状況にある中でも、かなり落ち着いております。(ありがたいです!)
何かに導かれながら絶妙なタイミングで気づきを得られているような気がします。
「いい気分」でいることに少しは上手になれてはきたのですが、まだまだ状況が変化するところまではいってないようです。でも、ひとつ言えますのは、この状況のなか周りが協力的になってくれているのは事実です。不思議と信頼していただいております。本当にありがたいなあって思います。
感じる気持ちを大切にそして誠実に受け止めるように心がけておりますが、今の感じ方でよいのでしょうか?
不思議と今抱えている問題はもう解決に向かっているような確信があるのですが、この自信はいったいどういうことなのでしょうか?
今こうして書き込んでいる瞬間も…もうあと少しと思いながらウキウキしてる自分がいます。でも本当かな?そうだったらいいなあなんて考えたりもします。
私が今思い描いている未来像と、魂が求めているもの(青写真)とは一致しているのでしょうか?またそれに近づく方向に行っているのでしょうか?
教えて下さい。お願い致します。
ジョニー at 2009年09月11日 19:49

ワタシ:この質問に、回答してください。

内なる声:彼は、ずいぶんと、あなたのことを慕っているようだ。そのことは、ずいぶん前から、私にも伝わっている。
一ついえるのは、彼がいま、自信を感じているのは、おそらく一時的なものであり、また波のある精神状態に引き戻される。彼はもう、以前から何度もそのような波のある状態を経験しているように思える。
彼に必要なのは、自信ではなく、あなたが欲しがっているものが、あなたにふさわしいものではないと気づくことであると知りなさい。あなたが欲しいのは、金や自信ではない。あなたのやすらぎであり、心の平安であり、あなたの理解者の心の安息であることを理解しなさい。そうでなければ、あなたがそのムラのある精神状態を固く穏やかなものに変化させることはできない。
私がいいたいのは、人に左右されやすいその心のムラをなくすためには、求めているものがそれ自体、つまり、心の平穏であったのだということをわかればいいということ。それを忘れて、金やさらなる飛躍に目が移るとき、あなたの青写真とのギャップにさらに苦しむことになるだろう。それを忘れないようにしなさい。わかったかな?

ワタシ:彼の言う、魂が求めているもの(青写真)というのは、彼が今思い描いている未来像とは違うとおっしゃっているのですか?

内なる声:その通り。あなたは理解できないが、私には彼の思い描いている未来像が、現実的な彼の喜びの状態と異なるところにあるということが見えている。つまり、彼は非常に長いあいだ、思い描いてきた未来に進むのが困難であるということに、まだ気づいていない状態にある。それを、知らせることが正しいかどうか、私にはわかりかねるが、あなたが理解したいと思い、ここに尋ねてきたならば、ここで得るものが大きいと考え、もう一度そこから出発することを提案する。あなたは、そのままでは、同じように精神的圧迫と立ち直りを繰り返すと思う。もし、そうでないと思うならそれで良いし、それを心当たりが十分にあると感じるなら、思いなおしてみなさい。

ワタシ:具体的に、彼はどうすべきであるとおっしゃっているのでしょう?

内なる声:彼の描いているものと、本来の魂の求めているものは、異なっている。それを理解しなさい。彼は、そこからしか始められない。何を求めるべきかという質問について、彼は知りたいと感じるだろう。あなたがそれを知りたいと思うなら、もう一度、質問すること。そうでなければ、そのまま目指すべきと信じるところを目指せばいいが、それは勧めない。

ワタシ:問題はもう解決に向かっているような確信や自信はいったいどういうことなのでしょうか、という質問についてはいかがですか?

内なる声:彼がいま、自信があると感じていたことは、おそらくすでに揺らぎ始めている。それがなぜか、ということを、理解しなければならない。

ワタシ:彼が再質問することで、解決するでしょうか

内なる声:それよりも、彼が自分で、彼の求めているものをもう一度見直してみようと考えることが大切であることを、知りなさい。そうでなければ、再質問をするか、もしくはサポートのシステムが完成するのを待ちなさい。わかったね。

ワタシ:ほかにはありますか?

内なる声:私はあなたに言っておきたいが、彼がこのように言われたことで、傷つくのではないかという心配は必要ない。もしも、ここで私が、彼に向かって、大丈夫だと嘘ぶいて見せる方が、彼にとっては残酷な未来になると理解しなさい。いいことを言われないからといって、傷つく必要はない。あなたは、この機会に恵まれたことを、喜ぶべきだと知りなさい。

ワタシ:わかりました。ほかにありますか?

内なる声:それでは、本日はここまでとする。しかし、まだ、彼らの中で、再質問に答えてもらっていないと思っているものがいるだろう。次回には、それらの再質問に、最初に答える。しかし、彼らの中には、すでに、その問題を解決し、回答が必要でなくなっている者もいる。
あなたはもう、理解できているだろうか。
回答が必要だという心のはやりは、時間と共に次々と変化していくということ。
あなたがそれに気づくということが、とても大切なことであると知りなさい。

ワタシ:新コメントが入っていないようですが、これについてはいかがでしょう?

内なる声:ならば、次回を最終とし、あなたとの会話を再開させるまでのこと。彼らはもう、十分にその質問を出しきったと、あなたは感じるだろうか?

ワタシ:いえ、そうは思いません。私にはわかりかねますが、様々な思いを持って、この会話を眺めているような気はしております。

内なる声:なかなか、理解が進んできたようだね。あなたと私がシステム化することを、待っている者がいるということを、私は理解している。まだ、少し時間はかかりそうだが、少し待っておきなさい。その者たちの質問に答える用意を急ごうと思う。わかったね。

ワタシ:新しいコメントや、今回の再質問を受け付けますか?

内なる声:もう、私は、このブログで「受け付けない」と言うつもりはない。また、「受け付ける」と話すつもりもない。ただ、システムができる前もあとも、有料を望まないものは、ここで質問してくれば良い。また、長期的なサポートを必要としないと感じるなら、単に聞いてみたいというような内容であっても、それであなたが幸せに向かえるきっかけになると思うなら、書いてくるがよい。私はその質問に答える。わかったね。

ワタシ:以上でよろしいでしょうか

内なる声:では、あなたと二人で、今後のいろいろなことを相談することを再開しよう。本日はここまで。

ワタシ:ありがとうございました。
というワケで、最近は、「内なる声」との対話を激しく繰り返しながら、企画を立ち上げる準備をおこなっております。
とても楽しく、素晴らしい日々を過ごしております。
今後とも宜しくお願い致します。

 

この記事へのコメント

  1. YG より:

    質問へのご回答誠にありがとうございます。
    質問した当初の自分は考えがあまり整理出来ていなかったので、あのような文章になっていたのだなぁ…と改めて理解できました。
    今回ゆきさんの「内なる声」のアドバイスにより自分の中での考えがしっかりと整理出来たので大変参考になりました。
    “ネガティブな感情を開放するツール”として有効に活用していきたいと思います。
    また何か疑問が過ったら質問させていただきます。
    本当にありがとうございました!!
    P.S本音はもちろん”幸せでありたい”ですw

  2. ジョニー より:

    ご回答有難うございます。
    正直わかっていただいていることに感激致しております。追加して書こうと思っていたくらいです。繰り返しております…
    目標を求める理由を自分に聞いても、「ほっとするから」とか「安らぐから」としか答えが出てきません。すべてがそこにつながっているのはわかっておりましたが、正直それだけ?と疑う気持ちも少しありました。
    きっと左右されるのも信頼されたいとか、良く思われたいと思い過ぎなのでしょうね。
    今進もうとしている道が困難ならどうすればいいのでしょうか?何年か前からあまり物欲がなくなってきているのを感じるのですが、それが、諦めからきているのか、本当になくなってきているのかまだわかりません。何か心の中に引っかかるものがあるのはわかっていましたが….
    今の抱えている問題を解決するには仕事も変えなければならないということでしょうか?
    魂が求めている道を選びたいと思いますがどうしたらいいのでしょうか?自分で描いた青写真を生きたいです。穏やかな毎日に変化させたいです。
    最後に、この機会を与えて頂いた事に心より感謝いたします。
    有難うございます。

  3. 太郎のママ より:

    いつも楽しく拝見しております。
    質問をさせていただきたくコメントを
    させていただきました。
    こちらでよろしかったでしょうか?
    間違えていたらすみません。。。
    私は心の平安を求めています。
    しかしなかなかたどり着きません。
    1日の中で平安に感じる時間はもちろんありますが、
    長続きせず、悲しくなったり凹んだりを
    繰り返してしまいます。
    心の中に深い悲しみをとても感じてしまうのです。これを認めています。
    しかし、これに対する感情はいつまでも悲しいままです。
    自分の定義付けが間違っているのでしょうか。
    また、私もハイヤーセルフと話がしたいと
    思っています。
    時々声が聞こえる気がするのですが、はっきりとわかりません。
    もっと声をはっきり聞くことが出来るでしょうか?
    私は今とても迷っています。
    心の平安を求めてどう進むべきか。
    今までも心の平安を求めて生きてきました。しかし、その結果はいつもそれとは真逆の出来事ばかり起こってきたと思います。
    なぜ叶わないのかと自暴自棄になってしまう時もありました。
    ユキさんのHPやメルマガ、また他の人のコメントへの回答を読んでいると、私がその状況(平安とは真逆)を選んでいたとだ、ということがわかりました。
    では、これからはどのように進んでいけばいいのかと思っています。
    わかってきたのに、どうすれば、、と矛盾した質問ですが。
    アドバイスをいただけるとうれしいです。
    拙い文章で申し訳ないですが、よろしくお願いします。

  4. memu より:

    少し前からHPやブログを拝見しメルマガも読ませていただいています。
    初歩的な、というかこのような質問で申し訳ないのですが…、
    ユキさんのHPはもちろん、いろんな書籍やブログなどで素晴らしい知識に触れ、知ることは出来るのですが、いざ実践するとなると自分の長い間の思考の癖に負けてしまいます。
    知識としては理解出来てもそれを自分に生かせないのです。
    どうすれば実感出来るようになるのでしょう?
    芯から理解するにはどうしたらよいのでしょう?
    漠然とした質問で申し訳ありません。
    もういろんな情報に飛びついて、でもそれを生かせないという風なことを繰り返したくないのです。
    今までの自分の生き方、考え方から変わりたいのです。