「内なる声」からの回答その17

秋元ユキです。( ̄▽ ̄)ノ
今週は少し遅くなりました。
「内なる声」からの回答です。

ワタシ:本日の回答分で、昨年から持ち越し分が終わり、今年分に突入します。
さっそくお願いしてよろしいですか?

内なる声:どうぞ。

<質問>
私は、対人恐怖症と言うか、前に接客業の仕事をしていた時にひどく怒鳴られたことがあり、 それ以来お客さんが怖くて怖くて、毎回「死ぬわけじゃないんだから・・・。」 と自分に言い聞かせながら仕事をしていました。今は専業主婦をしているのですが、 またいつか仕事をした時に、お客さんに怒鳴られたら・・・ と考えると恐怖心を感じます。 どうすれば、この恐怖心を無くす事ができますでしょうか。宜しくお願い致します。
h/s 11/26 00:58

ワタシ:この質問にお答えください。

内なる声:私が思うに、この者は、接客が恐いのではなく、心の問題が残っているだけだよ。

ワタシ:「心の問題」とは、なんでしょう?

内なる声:あなたがそのように、「失敗」をしたとしたら、何を考える?

ワタシ:仕事をしていた時にひどく怒鳴られたりするような「失敗」をしたとしたら、原因を考えます。

内なる声:なるほど。「原因」とは、何を指している?

ワタシ:何を指しているかですか?「次に同じことがあったときに、失敗をしないようにするための変更点」などかと思いますが・・・

内なる声:それはどういうときに思い出すの?

ワタシ:どういうときに?失敗した後、何が悪かったかと、考えるときです。

内なる声:それをこの者が、できてないのがわかる?

ワタシ:わからなくもないです。恐怖心を無くすことにこだわっているので、その原因を考え、「次にこんなことがあっても、大丈夫だ」と、思えるようになればいいということでしょうか?

内なる声:それもあるけど、「なぜそんなことになったのか」についての原因が、あなたにないことが起こったとき、対処法がわからなくなると思わない?

ワタシ:そうですね。「なぜそんなことになったのか」についての原因が、自分になければ、「次からどうすればいいか」はわかりにくいですね。

内なる声:あなたがそれを話したら、この者は、あなたの「原因」と言うものは何かと思うだろう。「原因」について、考えるという考えが全く起こってない。「原因」はともかく、またこんなことがある理由はわからないが、あるかもしれないこのような理不尽な、恐いことを恐がっている自分がいて、自分の心を何とかするためには、どうしたらいいかと聞いている。
そのときに、どのようなことがあり、「このようなときには、どうしたらよかったか」という質問をせずに、「また怒られるかもしれないが、そのようなとき、恐いと感じない方法」もしくは「恐いというような気持ちを、もともと持たないような方法」を探していることが、わかるかな?

ワタシ:はい。わかります。

内なる声:では、どうするのがいいと思う?

ワタシ:うーん・・・接客業をしていて、お客さんにひどく怒鳴られたら、誰でも恐いと思います。もし私なら、お客さんが、怒るかよろこぶかということは完全にコントロールすることなどできないと思うので、「原因」が何であれ、やはり「どのような心がまえでいたらいいか」ということや、「怒っているお客さんに対する、適切な対応方法」などを、勉強すると思います。
・・・そうか。つまり、その時、怒鳴っているお客さんを、落ち着かせることができなかったために、また同じようなことが起こっても、「落ち着かせることができない」という恐怖があるのかもしれないですね。

内なる声:あなたが言うことは、半分はあたり。しかし、もう半分は、あなたの言う「原因」が何であれ、この者が「原因」というものを理解してないことにある。
「原因がコントロールできない」という考えは、あっているとは思わない。
あなたは、自分が怒鳴られる「原因」は、自分にはないことなどあると思ってるの?

ワタシ:うん・・・そうですね。最初から相手がいきなり「怒鳴る」ということをおこなってくる、というパターンもなくはないと思いますが、「最初からいきなり」でない限り、自分の態度に原因があるのかもしれません。

内なる声:そういうことが、考えられる状態ではない。つまり、「相手が勝手に怒る。怒鳴ってくる。どうすればいいか。」それでは、解決できない。
相手は、何かあって、相手なりの解釈をしたうえで、あなたには「理不尽」であろうがなんであろうが、「怒鳴る」という態度を選んだと思いなさい。そこであなたが、どのような対応をするか、ということが、相手の怒りの火に油を注ぐか、火を消すことになるかという分かれ目になる。
「あなたがどうであるか」ということを考えている限り、あなたが「相手の怒りをおさめる」ということを、できるわけがないと思いなさい。
あなたが考えるべきは、「自分がどうであれ、怒っている人には怒っている人なりの了見があり、あなたがそれに対してどう対応するかにより、怒りの行方が変わる」ということを知るということだけ。わかったかな?

ワタシ:はい。わかります。相手が怒っているとき、怒りをおさめるためには、どうすればいいのでしょう?

内なる声:相手が怒っているなら、あなたがどうであれ、怒っている原因があるんだなと思い、怒っている原因について、聞いてあげればおさまる。
怒ってる相手に対して、あなたの意見を言えば、おさまらない。怒っている相手を、怒らないようにしようとしても、おさまるわけがない。
怒っている相手が、あなたの言うことを聞くように言われて、どうやっておさまるだろう?相手は、自分が言うことを聞いてくれれば満足する。
しかし、どのように相手の言うことを聞くかということが大切。相手が言うことをすべてを鵜呑みにしたり、あなたが何も悪くないのに謝り倒したり、あなたがすべての責任を負って、考えを変える必要はない。
相手が言うことを聞き、怒りがおさまったら、あなたの考えを述べなさい。それでいい。

ワタシ:はい。ほかにありますか?

内なる声:相手に対して、何を思うかということではなく、相手が何を言いたいのかということに注目してあげさえすれば、怒りをおさめない人などいないよ。次にいこう。

<質問>
最近、家族のことで行き詰まってしまいました。このサイトを読ませて頂いたり、メルマガを読ませてもらい 何とかこのダメな流れを無視しようと努めましたが、 経験不足で、家族に対してキツい言葉を発してしまい いい気持ちになれませんでした。唐突なんですが、身体が重いというか太ったと感じ、 1ヶ月くらい出来なかったウォーキングをイヤイヤながらしてみたら 次の日、嫌な気持ちが少しずつ流れて出るような感覚になりました。気分が少し良くなってきたから結果的に私はOKなんですけど、とっかかりで自分の気持ちに反してやってしまったから、またすぐ嫌な気持ちに戻ってしまうのではないかなと心配です。これからも嫌な気分になったら、無理にでも運動等をして気分を変えても大丈夫でしょうか? もっと別のことで気持ちの整理をした方がベストなんでしょうか?すごく下らない質問でスミマセン、ヨロシクお願いします!
ヨウコ 01/08 16:08

ワタシ:この質問にお答えください。

内なる声:何を聞きたいのかな?運動をして、どうして自分が「いい気分」になったのか、わからないのだろうか。あなたはどう思う?

ワタシ:「自分が嫌だと思うこと」から考えをそらして、運動等をして気分を変えたから「いい気分」になれていることは、わかっているのですよね。
「大丈夫でしょうか? もっと別のことで気持ちの整理をした方がベストなんでしょうか?」と聞くのは、ただ「考えないようにする」という方法では解決できない気がするからではないでしょうか?

内なる声:何を「解決する」必要があると思っているか、わかっているかな?どう思う?

ワタシ:「行き詰まってしまいました」と書いているのだから、わからないのではないでしょうか。

内なる声:ではいったい、何が問題なのかな?

ワタシ:うーん・・・「ダメな流れをなんとかしようとすること」、または、「ダメな流れであると思うこと」でしょうか。

内なる声:あなたはわかっているが、この者はサイトを読んだりメルマガを読んだりしても、わからないようだね。どう思う?

ワタシ:サイトを読んだりメルマガを読んだりして、「ダメな流れを無視しようと努めました」と書いてあるということは、「嫌なことに無関心になる」という方法をとることがベストであると考えたのだと思います。
「経験不足で」というのが原因で、それができないのだと思っているのだと思います。でも、運動をしたら、それができたのだと思います。しかし、「とっかかりで自分の気持ちに反してやってしまったから、またすぐ嫌な気持ちに戻ってしまうのではないかなと心配です。」と書いてあるから・・・
「自分の気持ちに反してやってしまったのが、よくないはず」と思っているのかな・・・?

内なる声:あなたが言ってることはわかるが、あなたが何を言っているか、わかっていると思う?

ワタシ:この方がですか?

内なる声:あなたが何を言っているか、わからない者がたくさんいる。あなたはどうして、ダメな流れに無関心になろうとしているのだと思う?

ワタシ:サイトやメルマガで、「嫌なことに無関心になり、いい気分になれることに関心を向ける」ということを薦めてきたからですよね。

内なる声:嫌なことに無関心になり、いい気分になれることに関心を向ければ、どうなる?

ワタシ:「いい気分になれることに関心を向ければ、いいことが引き寄せられる」というのが「引き寄せの法則」の原理で、その薦めを実行しようとされているのと思いますが。

内なる声:それで何がわからないのだと思う?

ワタシ:わからないです。「自分の気持ちに反してやってしまうことは、よくない」と、サイトで説明した覚えがないので・・・
むしろ、「何かがうまくいかないのなら、これまでの方法と、さかさまのことをやってみる」ということを、薦めていたつもりなのですが。

内なる声:あなたの言っていることは、理路整然と話しても、わかってもらえることではなさそうだね。あなたはこのような質問を聞いてどう思う?

ワタシ:よくわからないですが、確かにサイトなどでは、「方法」や「理論」を説明して、「いい気分」になれるヒントを得ていただきたいというコンセプトでおこなっていますが、何をどうしたらいいとか、どの方法がベストであるとか、それは自分がよければいいのだし、「理論」にとらわれ過ぎるのはかえってよくないと思います。
「いい気分」になれるんだったら、「理論」など、どうでも良いのだと思います。「いい気分」になるのが難しいときに、このようなブログや、サポートや、サイトで説明していることなどが、ヒントになればいいのではないかと思うのですが。

内なる声:「いい気分」になるのが難しいときに、「いい気分になれる方法を、正しく実行する必要があると考えている」というわけだね。あなたが言ってるのはそういうこと?

ワタシ:そう思います。どうでしょうか?

内なる声:「いい気分になる」のが目的ではなく、家族のことや、「ダメな流れ」を、うまくいかせることが、目的だと思っている。だから、「いい気分」になったところで、この方法が、「うまくいく方法かどうかわからない」と思っているだけ。
何を「うまくいく」ようにしたいのか、あまりよくわかってない。しかし、あなたが言うことを、理解したとして、その意味するところを、きちんとわからないと思うよ。

ワタシ:どうしてですか?

内なる声:あなたが何を思ってそう言っているか、よくわかってない。あなたは何を思ってそう言っている?

ワタシ:うーん・・・何を思って・・・?
「いい気分になれているのに、何が問題なの?」と思ってます。

内なる声:それでいいのではないでしょうか。と、私も思うけど?

ワタシ:そうですか。では、「それでいいと思います」ということで、よろしいでしょうか。

内なる声:この質問者の心に聞いてみるしかないのだけど。

ワタシ:では質問者の方、心に聞いてみてください。
ほかにありますでしょうか?

内なる声:特にないよ。ではまた来週。

ワタシ:ありがとうございました。

 

この記事へのコメント

  1. h/s より:

    ユキさん、内なる声さんご返答ありがとうございました。
    今回書いた事はもう9年も前の事で、
    私が怒鳴られた原因は、カード支払いの方法を知らなかったからでした。
    (私はレジ打ちをしていました)
    上司を呼び、上司が来る間中そのお客様はずっと怒鳴っていました。
    私は恐怖心でいっぱいで、ただ、誤っているばかりだったと思います。
    それ以来仕事を始めるときは準備万端に整えるように心掛けました。
    それから同じように怒鳴られたことはないのですが、
    それでも恐いのです。
    それは、怒っている人に対してどう対応したらいいのかが分からなかったからなのだな、と気づきました。
    怒鳴られると恐怖心に囚われ、相手が何を言いたいのかと言うことに注目することができていませんでした。
    そして、自分がどうあるべきかということばかりを考えていました。
    相手の言いたいことに注目する。
    ということが大切なのですね。
    ありがとうございました。

  2. ヨウコ より:

    ユキさん、内なる声さん、お返事ありがとうございます。
    現在、家族との関係も、まあまあいい感じに接することが出来ています。
    「自分の気持ちに反してやってしまうことは、よくない」は、私が勝手によくないと思ってることです。
    紛らわしいことを書いて申し訳ないです。
    問題の原因、私の場合は家族との接し方、です。
    運動して解決はしないですよね(笑)
    >「いい気分になれているのに、何が問題なの?」と思ってます。
    ユキさんのこの一言が欲しく、この質問したような気がします。
    > むしろ、「何かがうまくいかないのなら、これまでの方法と、さかさまのことをやってみる」ということを、薦めていたつもりなのですが。
    私は家族で関係を良好にしたいなら、家族について考え方・接し方を考えた「頭の中だけ」で解決しないとダメだとこだわっていまいした。
    全く別なことでいい気分になる=逃げ、逃げることはよくない、
    逃げることは良くない上に無理して運動してるのは更によくない、
    と思ってました。
    運動して少しでも気分が良くなったら、私の気持ちに余裕が出てきて
    少しでも家族に良い気持ちで接することが出来て、
    実際気分がいいと、ピリピリしている家族に当たられても気にしないでいれる時間が増えました。
    運動していい気分は、家族との関係が良好になれる(原因解決)は別だけど、全く無関係ではないんですね。
    いい気分になれば、いい流れが少しずつ来ていたんですね。
    この質問をして、この文章を書いているうちに、「いい気分」というが自分なりにちょっと分かりました。
    「運動していい気分」は問題なくなりました!
    運動できず体重は落ちていませんが(笑)
    拙い上、長文ですみません。本当にありがとうございました!
    メルマガなど更新楽しみにしてます。