自分に訊ねるということ

秋元ユキ
秋元ユキ
いい気分ドットコムの秋元ユキ(@yuki_i_kibun)です。
スピリチュアルな存在との対話の更新です↓

秋元ユキです。
「内なる声」との対話を更新します。

ワタシ :これまでハイヤーセルフや「自分」への理解ということについて話を進めてきましたが、
「セルフを理解することで何を得ようとしているのか?」
そして、「次の質問とは、どんなものか?」と、あなたが問われたところを考えていました。
これまでお話いただいたことで、ハイヤーセルフが「すでにそこに存在する」という考えのもとに、「自分が何をどうしたいのか」という、その発信を受け取れる、ということはわかったと感じます。
「自分」のことをもっと理解したい理由とは、「それが自分にできる唯一のこと」という理解をしています。
「ハイヤーセルフのお話を聞く」ということではなく、「自分という者をよく理解して前に進もうとする」ことを望んでいるのだと思います。
今回は、もっと理解を進めたいと考えていますが、どのように進めればよいでしょう?

内なる声 :何のことをどう理解したいと思うの?

ワタシ :私は、「自分という者の理解を進める」という考えのもとに、「わからないこと」を聞こうとするのではなく、「わかっている」ということを、もっと喜びとしたいと感じています。
「自分という者を、本当はわかっている」とは、思いません。「自分に訊ねながら、自分を理解していく」のだと、あなたが言うのを、そのとおりと感じます。
これまで、そんなふうにできていなかったところを、改めていきたい。
しかし、どのようにそれを進めるのか、そこが難しいとあなたは説明されました。
難しいということを前提として、「自分」のことを理解できるため、どのようなことを考えていけるのかを、知りたいと思います。

内なる声 :うん。それで、「自分」を理解するための大切なこととは何と思っているの?

ワタシ :あなたが教えてくださったように、「自分に訊ねていく」というところを、もっと大切にしたいです。
そこを詳しく聞きたいのですが、前回までのお話の中、わからないことがありました。
あなたはたしか以前の対話で、ハイヤーセルフについて、その「翻訳」がスムーズにいけば、誰にも悩みなどないとおっしゃっていました。
しかし、前々回の対話では、「悩む」ということは、セルフとうまくいってないからではないと、おっしゃいました。うまくいってなければ、「悩む」のではなく、「自分のしたいことがわからない」という感覚に陥るのだと。
コメントにもご質問がありましたが、私たちが「悩む」というのは、「自分」にとってよいことなのかどうか知りたいのですが、どうなのでしょう?

内なる声 :「悩む」ということの、意味を考えて欲しい。
あなたが話しているのは、
「どうしたらいいかわからない」といった悩みか、それとも
「何を理解すべきかわからない」といった悩みなのか、また、
「自分という者のできることが何かわからない」といった悩みか。
いずれにせよ、それは「自分」という存在との連携のできていない悩みと言える。
しかし、あなたが「自分をいかに自分の望んでいる場所へ連れて行くことを選んでいくのかに対して、目の前の出来事をどのように捕らえていくべきか」という悩みをもつのであれば、それは、あなたが連携を保っているのだということ。
つまり、「悩み」といえどもあなたがしていることが、「自分」という者を見ているかどうかによって、異なる感情を得ているということ。
私の言ってることを理解できる?

ワタシ :はい。「悩んでいる」ということがどうというのでなく、「自分」がいかに進めるための考えをもっているのかというところをおっしゃっているのかと思いますが、合ってますか?

内なる声 :うん。そこで、あなたがどのように考えているのかということを、見て欲しい。
セルフというものの理解をするのであれば、自分以外のところ、つまり、あなたが理解できない範囲の考えを巡らせていることが、その連携につながるとは思えまい。
その連携を望んでいるのなら、あなたが望んでいるのは何かということを、自分に問うということをする。
つねに、つねに。
そうでないこと、つまり、「何かがうまくいかない理由」、そして、「それを何とかする方法」といったことを考えているとき、「それでは何をどうしたいのかがわからないのだ」と気づいて欲しい。
あなたが理解できるのは、他の人のことでも、それ自体のしくみでもない。
あなたの中にある、「あなたという存在がどうしても求めているものとは何か」ということでしかないのなら、それ以外のすべての考えとは、無意味に等しくはない?

ワタシ :そうであるとして、「私がこれまで考えてきたことは無意味」と思うのが正しいのだとすると、少し不思議な気がします。
これまでは、「自分がどうしたいかのみ考えていても仕方ない」といった、まったく反対の理解をしてたような気もします。
それは、本当にそれのみを考えてよいものと言えるのですか?

内なる声 :あなたが、何をどうしたいのかわからず、他に理解すべきこととはどんなこと?

ワタシ :わからないと思いつつ、考えるべきと思っていたこととは、たとえば「この状況、そしてこの気持ちの中、どうすれば全体として自分の位置を見失うことなく、うまくやっていけるか」という理解を必要としてるのが普通、と思っていました。
「自分がどうしたいのか」を話すことによって、うまくいかなくなることも多いと思っていました。
そういう理解を覆すのを少し戸惑ってしまうのですが、それが、本来のこととおっしゃるのでしょうか?

内なる声 :あなたの考えとは、「あなたが、どうしたいのか」ということとは、他の者にしてみれば、「そんなわがままなことをするのか」というものに見える、といったようなこと?
さて、あなたが「本当にどうしたいか」ということを自分に訊ねるとして、本当に他の追随を許さぬ不公平な望みを持つと思うのかどうか、自分に訊ねてみて欲しい。
あなたが、本当に「自分」というものとの会話を成立させるのであれば、他の者を不快とさせる自己の独特な歩みにふけていくことを望むことなどあるまいと知る。
あなたの考えとは、恐らく表面化した自分の感情のことをいっているのであり、深く刻んでいる自らの望みといった真髄を理解しての考えにあらず。
そういう質問のとらえようを表すことそのものを、「自分」という者への理解のなさととらえ、もう一度私に質問して欲しい。

ワタシ :はい…そうですね…
「表面化した感情」ではなく、「深く刻んでいる自らの望み」を理解するにはどうしたらいいのでしょう?
どうすれば、その区別がつけれるのでしょう?

内なる声 :あなたの考えの中、「自分がどうしたくて話しているのかを理解している」といった気持ちが揺らがぬものであるのかどうか。
それは、あなたにとって、「自分」という存在の求めるすべて、という確信を持っているかどうか。
感情の表面というものとは、他人の顔色を伺うというものである。
すべてを無にしたときにさえ、そこに残るものであるかと問えば、おのずとわかる。
あなたがもしもその区別をつけられると感じているのなら、現状の如何にかかわらず、あなたのすべきこととはそこから始まる一歩となり得る。
何をどうしたらいいかわからず、その一歩を踏み出せぬというのなら、すなわち、その一歩をあなたのすべてと感じず「ありきたりの行為」とするのなら、何をもあなたに訊ねていないと言える。

ワタシ :「自分」という存在の求めるすべてですか…そうありたいですが、そうすることができないといった状況、そして、自分の考えをまとめられないといったことに悩んでしまうのが悩みの主なものと思うのですが、どう理解を進めればいいのでしょう?

内なる声 :まず、あなたが「何をどう理解したいのか」という話をしてないことを、理解してはいかが?
こういうすべてにおいて、まず「あなたが何をどうしたいか」を、おろそかにしてるということに気づくべき。
話をするにあたり、そして物事に対しての愉快・不愉快について語るにあたり、そして何をも「進む」といった考えをもって取り組むにあたり、あなたの考えとは、どこに向かっていくことを望んでいるのか。
心の中、それをおろそかにして話を混乱させていることを、理解できない。
つまり、セルフの言いたいこととは、まず、「自分は、どこを見てるかを、見てない」ということ。
だから、あなたは頭の中に浮かぶ考えを巡らせながら、心の中、「何を理解したらよいのかわからない」と感じている。
そうありながら、なぜ、「自分という者の理解をしていくべき」という、あなたの基本とするところを飛ばすことを選んでいるの?

ワタシ :いま、私自身、「何をどうしたいか」を、おろそかにしてるとおっしゃっているのでしょうか?

内なる声 :あなたの中、すでに理解したいことをもっているため、そうして理解できぬことをもどかしく感じるのだと言ってる。
そのようなことが、わからないといった感覚を、もう少し見直すことを始めてみて欲しい。
あなたが本当に「何もわからぬ者」としての会話をしてるのであれば、そのようなもどかしさ、そして進んでいかないことの悲しさ、理解をできることへの望みを抱くこともあるまい。
「わからない。」それで終わるはず。
何をわかっていくのを望んで、自分がそこに発するものを創るのか、わかっていくことを望んでいるのでは?

ワタシ :とすると、私はあなたに聞くのではなく、自分に訊ねてみるのが先ということでしょうか。
いまは、その方法を知りたいとして、対話してるのであるのに?

内なる声 :そう。まず、あなたは、その方法を知っている自分に訊ねるということをしないといけない。
あなたが、それを知っているにもかかわらず、私がその方法を教えるのを待ってるから、そのように気持ちのすっきりしないことを考えている。

ワタシ :では、あなたにはどのような質問をしていけばよいのですか?

内なる声 :あなたがそれを自分に訊ね、「何をどうしたいか」を理解して、その方法をうまくすることを望んでいるというのであれば、私はそれをうまくする方法を教える。
あなたは私に、「自分がどうしたいのか」を聞こうとしてる。
それは、あなたが自分に聞くことであり、私に聞くことにあらず。
それを混同せず質問するのなら、次回に答える。
わかった?

ワタシ :えぇー…( ・д・;)
う…いや、あの、うーん…
それで、進めるようになるのでしょうか?

内なる声 :そうでないと進めないという話。
では。

ワタシ :困ったな…。
はい。でも、次回に続きます。ヨロシクです。

 
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