「内なる声」からの回答その32

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秋元ユキです( ̄▽ ̄)ノ
「内なる声」からの回答です。

ワタシ :よろしいでしょうか?

内なる声:いいよ。

<質問>
ユキさん、内なる存在さん、初めまして。HP、迷ったときに見ては元気が出ます。
質問なのですが、私は5年ほど前から左目に力が入らないようになってしまい、今現在もそのことでしょっちゅう落ち込みます。落ち込む理由として、目に力が入らないので集中力が持たず、呼吸も苦しくなって人とコミュニケーションが上手くとれないことがあります。日常生活でも目のせいでイラだったりしてしまうときがあり、自暴自棄になってしまったりします。病院に行っても原因が分からず、なかば途方に暮れています。今はいい思考と潜在意識を使って治そうと思っています・・というより、もうそれしか自分には選択肢がありません。
この状態になって思うのは、とにかく人と楽しく話したいという欲求です。人と話すと心の底から喜びが沸き起こるんですが、そのときいつも思うのが、これで左目が治っていれば最高なのに。。という感情です。実質、今は人と長時間コミュニケーションをとるのは困難で、時折この先も目は治らず、ずっと孤独で苦しい思いをしていくのではないか。。。とネガティブになってしまうときがあります。
よく病気はメッセージといいますが、私なりに学んだことはいろいろあります。人とコミュニケーションをとる楽しさや、当たり前のことに感謝することや、スピリチュアルを知ったのもこの病気のおかげです。今、私は学びの段階にいるのでしょうか?この病気を真剣に乗り越えたいと思っている自分がいます。私のセルフは、私になにを伝えたいと思っているのでしょうか?教えてほしいです。お願いします。
アイス 09/0620:39

ワタシ :この質問にお答え下さい。

内なる声 :うん。まず、このことを考える前に、どうしてそのようなことを理解する必要をもっているのか、ということについて話す。
あなた方の中に、何かの欲求を満たしたいと考える時、「このことがなければ考えなかった」とすることをもって、現れることがあると思う。そして、そのことを理解した時、あなた方が真っ先におこなうことは、感謝して、愛を理解しようとするのでなく、邪魔になる原因を取り除く行為であるのだとわかるはず。つまり、そのことが起こらなければわからないことだった多くの理解を得、その後、そのこと自体について、「もういい」としたいのにできない、というわけ。それを理解できる?

ワタシ :はい。この場合、「その症状がなければ、考えなかった」とする多くのことを学んだが、現在、「目に力が入らないこと」自体について、治りたいが治らない、ということだとわかります。
どのように考えればよろしいのでしょうか?

内なる声 :治りたいけど、治らない。そうではなく、「治らないこと」に意味をもつのだと考え、苦しんでいるのを理解できる?

ワタシ :うーん…「治らないこと」に意味をもつのだと考え、苦しんでいるのではなく、やはり、「治りたいけど、治らない」ことに苦しんでいるのだと思ったのですが…
そもそも、「このことがなければ考えなかった」とすることが現れること自体が、自覚のないことなのではないかと思うのです。その症状が現れたときから、「なぜこうなったのかわからない」という気持ちを持っているのだと思うのです。

内なる声 :なるほど。あなたが話しているのは、こういうこと?
「まず、何であるのか、わからないが、このようなことが起き、それから、治りたいのだと考えながら、それでも多くのことを学んだと知っている。しかし、治らない限り、私が幸せになれないのであるのがわかっているので、どうすればいいのか知りたいのだ」と?

ワタシ :そうでないのでしょうか…?多くのことを学び、もちろん感謝もしているけれど、その症状に苦しんでいるということから解放されないと、どうにも苦しいのではないでしょうか。

内なる声 :どうにも苦しいのはわかるのだが、もしそのことがなければ、よろこびを感じなかったことについて理解したのであるのに、そのことを除外して考えようとするのはなぜ?

ワタシ :例えばこの場合、「人とコミュニケーションをとる楽しさ」を理解できたのに、その症状のせいで、コミュニケーションを取れずにいるのなら、どうすればいいのかわからないのだと思うのです。

内なる声 :あなたの話を、このまま進めても、解決しない。「治りたいのだが、治らない」のでなく、まず、「治らない意味」を考えている。そのことを自覚して欲しい。「治らない」ことに苦しんでいるので、なぜ治らないのか、知りたいと考えている。それはわかる?

ワタシ :はい…。なぜ治らないのか、知りたいと考えているのがわかります。

内なる声 :なら、なぜ治らないのかを、教える。あなたが、治らずともよいとする、何らかの気持ちを未だ解消できていない部分をもつので、治らない。このことを自覚することは難しいけれど、よく聞くように。
まず、あなたにとって、困難であることが現れた時、それ自体を、あなたが望んでいる。なぜかと言えば、あなたにとって、そのように「わからない症状」を現すメリットを感じる心があり、それ自体を身体に現すことで、「しなくていい」とする考えをもつことを許可される。あなたが「したくない」とすることを、「しなくていい」メリットをもつ症状を、あなたに呼び寄せているのがあなた自身であった。そして、それをあなたの心の中におさめ、多くの学びを得、「しなくていい」ものを残しつつ、「不快である症状を消そう」とするので、消えない。以上が説明となるけれど、わかりにくいと感じるのなら、あなたがもともと、そのように嫌なことを考えて、その助けとなりそうな出来事を呼び寄せてきたというところに立ち戻り、その上で、まだその心を残しているのだと知って欲しい。

ワタシ :「しなくていい」メリット…病気のような症状が現れるとき、何らかのことを「したくない」と考えていて、それを、「しなくていい」ための症状を、自ら呼んでいるとおっしゃっているのですか?

内なる声 :そう。あなたの場合、そのことを自覚してみれば、私が言っている意味を理解しやすくなる。何らかのことを「したくない」とするものを残しつつ、解決しようとするのが難しい。しかし、そのような状況で、理解を進め、「改心してきた」と考えている。だが、そうではないのだよ。

ワタシ :それをこの方が自覚されているかどうかはわかりませんが、そうであるとして、どうすればよいのでしょう?

内なる声 :どうすればよいのかと言えば、理解できるのだとわかればいい。あなたが理解できていないことを、これまでもその症状をもって多く理解している。その感謝を理解していけるのだと考えるといい。

ワタシ :しかし、「今は人と長時間コミュニケーションをとるのは困難で、時折この先も目は治らず、ずっと孤独で苦しい思いをしていくのではないか。。。とネガティブになってしまう」と言われています。
「今、私は学びの段階にいるのでしょうか?この病気を真剣に乗り越えたいと思っている自分がいます。」と言われています。多くのことを理解できるのはいいですが、症状のせいでつらいと感じていて、「その感謝を理解していけるのだ」と考えるのは、難しいのではないでしょうか。

内なる声 :いい?症状を「つらい」のが、あなたのコントロールでなんともできないのだと考えるのをやめて欲しい。
あなたがその症状をなんとかできないのは当然であるのだが、あなたが「つらい」のを、なんとかできないのではない。あなたがなんとかできるのが、「つらい」と感じることをやめようとすることだけと知ること。難しいのはわかっている。しかし、あなたがそうしないのなら、理解を進められない。

ワタシ :理解をどのように進めればよいのでしょう?きちんと理解できれば、治るのでしょうか?

内なる声 :理解することにより治ると考え、あなたが理解を進めるのなら、治らない理由をもたない。しかし、あなたにとって、理解を進めていくのが、「その症状のせいで困難」と考えているのなら、進まないと言っている。
あなたが理解すべきことが何であったのかがわかるのは、その症状を考えずに、あなたの道を進むことを考えようとするときであるのだよ。症状をあなたなりにおさめつつ、理解を進めるということを求められている。これが高度なことだとわかるのなら、きちんと高度に対する心がまえをもちなさい。「できるかどうか」を考える余地がない。そう書いてあるのだろう?

ワタシ :「あなたの道を進む」とは、具体的にはどうすることなのでしょう。「症状のことを考える」のでもなく、「人とコミュニケーションをとる」ということでもないのでしょうか?

内なる声 :人とコミュニケーションをとることを困難としていて、しかしそれをあなたのよろこびとしているのであれば、そこにあなたの「できること」を見出し、症状とうまく折り合いつつ、何かを進めることを考えなさい。他にやりたいことがあるのなら、症状の楽な時をみて、そこを進めようとしなさい。
「症状がないのだとして、したいこと」を、あきらめるのが嫌なら、「症状があったとして、したいことをもっとできること」を考えなさい。
症状がなかったとして、延々と人としゃべれれば、幸せなの?何を幸せとして行動したいのか、もっと考え、症状を脇に置いてそのことのみを考えなさい。

ワタシ :難しいですね…。そうすれば、自ら呼び寄せた、「しなくていい」メリットというような心を、消せるのでしょうか。つまり、治る方向に向かえるのですか?

内なる声 :あのね。「治りたいのだからそうする」のを、やめなさい。そうであるのだから、あなたが何も得られないのだと知って欲しいのだ。「治らないとして、そこに動けずに立ち止まる自分のことを、何とか前へと進めてやりたい」と考えて欲しい。そこに、「理解」が待っているのだと言っている。そうでないのなら、そこに立ち止まり、苦しむことを選んでしまう。
いい?このことを理解できる時、「こうでなければ、考えなかっただろう」と、心の底に理解できることを得る。「こんなことが起こらなければ、苦しんで知ろうとせずにいたら、できずにいたことだったろう」と、心底理解できる。だから、あなたを、その場にうずくまってしまうあなたのことをいたわりつつ、それでも前へと進めることをしてやりなさい。
わからないことがあるのなら、いつも答えよう。しかし、まずはそれを考えてごらん。わかったね。

ワタシ :わかりました…。では、「病気を真剣に乗り越えたい」と考え、症状のことを考えるのは、しない方がいいのですよね…?

内なる声 :症状を考える時、あなたの心をつらく感じる「思考」に身をまかせることを一切やめ、違うことを考える。あなたが、前に進める方法。その症状をいたわりつつ、何とかできるようなこと。もっと楽になれそうなこと。何かアイディアを見出すこと。他に、しようと思えること。できなければ、ゆっくり休もう。
どんなによろこびを感じることが、自分にとって困難であるのかを考えず、あなたの症状をそこにあるとして、脇に置く。もちろん、あなたがすることを高度なことと自覚して。それでいい。

ワタシ :わかりました。まずは、そこからということですよね…。この場のお話しで、すべてを理解することは、難しいように思えます。いかがでしょうか?

内なる声 :そうだね。今後、こういったことにまつわる、考えの基本的なところを、もっと理解することができるよう、工夫していこう。いろいろ、考えているよ。

ワタシ :そうですか。「私のセルフは、私になにを伝えたいと思っているのでしょうか?教えてほしいです。」ということですが、いかがでしょう?

内なる声 :あなたのセルフが、今日話したことを、一番伝えたがっているよ。あなたの道を、進めてやりたいのだと。わかったかな?

ワタシ :はい。他にありますか?

内なる声 :今日、わかったことと、わからないことを、まずあなたなりに考えてみること。いいね。

ワタシ :以上ですか?

内なる声 :ではまた。

ワタシ :はい。また来週お会いしましょう。

 

この記事へのコメント(記事更新から30日以内)

  1. アイス より:

    ユキさん、内なる存在さん、回答ありがとうございました。
    ようやく自分の中で前進できそうです。
    自分の心の底で思っていたことをズバッと言っていただいて
    背中を押してくれたような感覚です。
    幸い私には夢がありますので、アドバイスを参考に頑張っていきたいと思います。
    人生一度きりですからね、一日一日、悔いの無いよう
    生きていきます。
    また、何か思うところがあったときは質問させてください。
    本当にありがとうございました。

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